桑田真澄の借金は20億円!巨人が肩代わりの噂の真相とは?!

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芸能人・有名人には様々なスキャンダルがありますが、大きな借金問題を抱えていたという事実が後になって発覚することは少なくありません。

例えば、元プロ野球選手(現・読売巨人軍監督)高橋由伸の60億円の借金や元プロ野球選手(読売巨人軍所属)江川卓の50億円の借金など有名ですね。

今回は元読売巨人軍(ジャイアンツ)プロ野球選手・桑田真澄の借金問題について見ていきましょう。

桑田真澄(くわたますみ)プロフィール

1968年4月1日生まれ、大阪府出身。PL学園高等学校では清原和博と「KKコンビ」として甲子園に伝説的な記録を残した。ドラフト会議では、1位指名で読売ジャイアンツに入団。ゴールデングラブ賞も8回、1994年には最優秀選手賞を獲得するなど球界きっての名投手となった。2007年、ピッツバーグ・パイレーツでのメジャーリーグ挑戦後に現役引退を表明。現在は東京大学で硬式野球部の特別コーチをやりながら、野球の研究を行っている。

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桑田真澄選手とは?清原と共に巨人で伝説となった投手

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借金問題について分析をする前にまず、桑田真澄の野球選手としての活躍をおさらいしましょう。

清原和博と「KKコンビ」としてPL学園のエースとなった高校野球・甲子園時代

桑田真澄はPL学園高校時代から有名でした。

特に、かの有名な清原和博選手とはチームメイトで、清原和博は甲子園ホームラン記録を、桑田真澄は甲子園最多勝利記録を打ち立てるなど、「KKコンビ」として甲子園をにぎわせました。

その後甲子園での活躍もあってドラフトでは巨人から1位指名をもらいプロ野球界入りを果たしました。

しかし、桑田真澄はさっそくスキャンダルを起こします。それは巨人とのドラフトに関わる密約問題です。

元々は早稲田大学に進学すると言われていたため他球団は指名を敬遠していましたが、急展開で巨人の指名で高校からプロ野球界へ入ることが決まったため「密約があったのでは?」とも囁かれています。

栄光の背番号「18番」を受け継ぎ、巨人軍のエースに!

騒動はあったものの、入団した巨人では栄光のエースナンバーとされる「18番」を任せられることに。順調に勝ち星を重ねていき、名実ともに読売ジャイアンツのエースとして君臨しました。

ゴールデングローブ賞を8回受賞し、最優秀防御率2回・最多奪三振1回・最高勝率を1回受賞するなどして球界きっての名投手となりました。

最終的には1986年に入団してから退団する2006年まで、20年もの間エースナンバー18番を背負い、巨人の伝説的な投手となりました。

桑田真澄の借金当時の状況は?スキャンダルの連続で好感度が急落!

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輝かしい野球選手を送った桑田選手ですが、スキャンダルが非常に多かった選手といえます。

どのようなスキャンダルがあったか確認しましょう。

スキャンダル①ドラフト問題

先ほどもコメントしましたが、巨人入団のドラフト時に桑田真澄は巨人と密約していたといわれています。そのせいもあり、入団当初から桑田真澄にはあまり良いイメージがついていませんでした。

スキャンダル②セクシー女優との交際

1989年に暴露本でセクシー女優との交際履歴が暴露されてしまい、大活躍している最中「遊び人」といった悪いイメージがついてしまいました。

スキャンダル③野球賭博問題・暴露本で大問題に

最も影響が大きかったスキャンダルとして「野球賭博問題」がありました。1990年に出版された暴露本「さらば桑田真澄、さらばプロ野球」です。

これは桑田との親交が深かったスポーツメーカーの社員が出した本で、内容としては桑田がスポーツメーカーに対してかなりの裏金を要求した事実や野球賭博に関わっていたという事実を暴露したものでした。

特に野球賭博への関与については裁判にまで発展し、桑田真澄のイメージは大きく下がりました。

スキャンダル④野球賭博問題の調査の中で、金品受け渡しの事実を自白

野球賭博問題の中で様々な調査がなされる中で、当初は金品の受け渡しなどはしていないと答弁していましたが、問い詰められ最終的には金品の受け渡しがあったことを自白してしまうのでした。

つまり最初の答弁は嘘だったということですね。

桑田自身は「野球が続けられなくなることが怖かったから嘘をついた」と述べていますが、これで完全に悪いイメージがついてしまいました。

ドラフト問題・セクシー女優問題・野球賭博問題・金品受け渡し問題でイメージが最悪となっているところで、さらなるスキャンダルが発覚しました。それは、「20億円の借金問題」です。

桑田真澄の借金総額は20億円に!巨人が肩代わり?

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義兄の事業失敗で20億円の借金に!

数々のスキャンダルが報じられる中、不動産事業の失敗20億円もの借金を負ったということが報じられました。

ただし、本人が不動産投資を行っていたわけではなく義兄にあたる姉の旦那さんによって作られたものでした。

義兄が桑田真澄に不動産事業の話をもちかけて、桑田真澄の印鑑ですべて事業を行ったもののバブルの崩壊で20億円もの損失を出してしまうのでした。

本人が不動産投資をしていたわけでもないのに、週刊誌では「投げる不動産屋」などと批判されてしまいました。

20億円の借金は巨人が肩代わり?

一気に巨額の借金を負ってしまった桑田ですが、一時的に巨人が肩代わりをしたと噂されています。

なぜなら20億円もの借金を消費者金融などで借りてしまうと、利息だけでも数億円とかかってしまうからです。

巨人にいったん肩代わりをしてもらい、退団するまでに完済したと言われています。

桑田真澄の借金を分析してみましょう!

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自己破産という選択肢はなかったのか?

自己破産とはすべての財産を放棄する代わりに、借金の額をゼロにできる制度をいいます。

財産をすべて放棄する以外にも、社会的な評価のダウンや金融機関のブラックリストにのってしまうなど、借金をゼロにする代償として様々なデメリットがあります。

十分な収入があり返済が見通せる桑田真澄の中には、自己破産という選択肢は入っていなかったのでしょう。

関連記事:『自己破産のデメリット7選とメリット3選まとめ

20億円もの借金を何年で返済したのか計算してみよう!

では次に20億円という借金を桑田真澄は何年で返済したのか考えてみましょう。

当時の桑田の年棒は2~3億円で、それとは別にスポンサー収入などもあったでしょうから返済には10年ほどかかったと推測できるでしょうか。

実際に、メジャーに挑戦したのは借金が完済したころだと言われおり、メジャーへの挑戦が2007年頃だったことから、借金をした1990年代後半だったことから10年前後というのが妥当でしょう。

桑田真澄の借金分析まとめ

桑田真澄の借金をまとめると次のようになります。

  1. 借金当時は世間から非常に悪いイメージをもたれていた
  2. 義兄の不動産投資の失敗で20億円もの借金を負った
  3. 十分な収入があったために自己破産という選択肢はなかった
  4. いったん巨人に肩代わりをしてもらった後10年ほどで完済しメジャーに挑戦した

入団から引退まで様々なスキャンダルがあり、自殺未遂もあったそうです。成績も歴史に残る記録でしたが、借金の額でも歴史に残る規模といえるでしょう。

しかし、一貫して野球に対する真摯な姿勢は変わっていなかったため、あれだけのスキャンダルがありながらも現在は非常にクリーンなイメージを持たれています。

最後に現在の桑田真澄について見ていきましょう。

現在の桑田選手~東京大学でコーチ兼研究生に~

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現在の桑田真澄ですが、東京大学の硬式で特別コーチとして大学生に野球を教えているそうです。

プロ野球時代から体格に恵まれず投球フォームを熱心に研究していた経験が買われたようですね。

また、自身としても東京大学大学院の研究生として野球の投球フォームをスポーツ科学として研究し論文を書いているそうです。

さらには日本野球機構(NPB)の特別アドバイザーを務めるなど、借金当時の状況からは考えられないような復活を果たしています。

やはり野球に対する真摯な姿勢が、世間からのイメージを払拭するのに大きかったのでしょう。

今回は桑田真澄選手の20億円の借金について分析させていただきました。

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