米米CLUB石井竜也の借金は10億円!完済して30周年記念ライブも!

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皆さんは米米CLUBというバンドを知っていますでしょうか?1990年前後に大ブレイクしたバンドです。

そのボーカルとして活躍していた石井竜也は大ブレイクするも映画への挑戦の失敗により10億円もの借金を負うことになります。

今回は、アーティスト・石井竜也の借金問題について分析します。

プロフィール

石井竜也(いしいたつや)

1959年9月22日生まれ。茨城県出身。ミュージシャン、芸術家、音楽プロデューサーなど多岐に渡る才能を発揮している。1985年に米米CLUBレコードデビュー。米米CLUBではカールスモーキー石井という名でステージに立っている。主な代表曲は「浪漫飛行」、「君がいるだけで」。ソロ活動も積極的に行っており、2015年10月には個人として30周年記念ライブを日本武道館で行っている。

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米米CLUBが人気絶頂も映画挑戦で解散…

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石井竜也がボーカルをしていた米米CLUBは1980年後半から1990年前半にかけて最も売れたバンドの一つでした。また、来てくれたお客さんを楽しませるライブをすることで有名でした。

そんな米米クラブですが、全盛期を迎えるも一度解散してしまうことになります。まずは米米CLUBの全盛期と解散まで見ていきましょう!

米米CLUB結成!バンド名はダサさで決めた?

バンド結成は文化学院のサークル仲間から始まりました。

石井竜也、小野田安秀、大久保謙作は、「A-Ken」という映画研究会で同じサークルでした。元々は音楽サークルではなかったのですね。

「米米CLUB」というバンド名の由来には諸説あり、小野田安秀の言い間違いにより「コメコメクラブ」という名前が生まれ、「そんなバンドあったら面白いよな」と言い合ったのが発端という説もあれば、石井竜也が冗談まじりに「とにかくダサいバンド名にしようぜ」と主張した説も。

とにかく「面白い」ことを重視していたことがわかりますね。

結局、石井竜也、小野田安秀、大久保謙作の3人によって、大学卒業後の1982年秋に結成されました。

米米CLUB全盛期!観客を楽しませることを一番にしていた!

米米CLUBはライブに特徴がありました。ただ演奏するだけではなく、ダンスなどで観客を巻き込み一体にすることには非常に長けていて、観客全員がシュークリームシュの振り付けを真似て踊ることも定番となり、アリーナでは例を見ない一体感を出すアーティストになりました。

観客を巻き込むという点では、今でいうとPerfumeに似ているのかもしれませんね。

そういった取り組みのおかけで、ライブのチケットは常に完売。またライブに行けなかったファンからビデオの発売を熱望されました。ちょうどそのタイミングから家庭用ビデオが普及したため、後ほど発売されたビデオは映像作品としても評価されました。

「君がいるだけで」という客はフジテレビの月9ドラマ「素顔のままで」で使用され、第34回日本レコード大賞をも受賞しました。

石井竜也個人での活動が増え始めついに解散へ…

大ヒットを多くなるも米米CLUBとしては大きな変化が起きていました。

1つとしては楽曲内容の変化です。ファン層は拡大したことによって、今までとの曲の雰囲気が変わり、広いファン層や売上げを意識した曲が多くなっていきました。

2つ目としては米米CLUBの特徴であった客を楽しませるという重要な要素が減ってしまいさらには小野田の露出が減り、石井竜也1人でメインボーカルを担当することが多くなっていきました。

3つの目の変化として、バンド活動中心だった石井竜也の活動が、映画制作や個展に移っていきました。また、この活動が将来石井竜也を大きく苦しめることになります。

こういった変化の影響かCDの売上は次第に減っていき、1997年3月に東京ドームで行われたライブを最後に解散し、それ以降はそれぞれソロ活動に入っていきました。

この時石井竜也は窮地に追い込まれていました。

映画の失敗によって10億円の借金!自殺未遂も…

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映画の失敗で借金10億円!

米米CLUB解散の1つの要因となっているのが石井竜也の映画や個展といった個人の活動にありました。

元々映画研究会から始まったためか映画にかける情熱は相当なものがあったようです。

石井竜也は1994年に「河童 KAPPA」、1996年に「ACRI」を制作しますが、これが興行的に失敗となってしまいます。

この失敗によってなんと10億円もの借金を負ってしまうのです。

さだまさしもそうでしたが、映画はこだわりすぎてしまうと制作費用が莫大となってしまうようですね。

借金に絶望し2度の自殺未遂も…

自らの映画制作によってメンバーが解散してしまい、また借金10億円をおってしまった石井竜也は絶望しました。

当時の状況としていて次のように語っています。

人間不信に陥り、仕事のために家から出ようと思っても過呼吸になってしまう。家では窓を閉め切って、「もうおかしくなりそうだった」と振り返っています。

あまりの絶望に2度も自殺未遂を図ったようです。相当追い込まれていたのでしょうね。

石井竜也が父親からの電話で復帰を決意!たった8年で借金完済!再結成も!

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突然の父の電話で復帰を決意し借金を完済!

そんなとき父親から電話らないものに命を預けるなんて、お前はそこまで馬鹿じゃないよな」と言われました。

「お前はたぶん今人を恨んでるだろう。お前は今夢を売って、夢を作ってきたんじゃないか。人を恨んだり憎んだりして良い作品ができるか? そういう作品はお父さんはみたくない。自分がやってきたことを信じなさい。金なんてものは結局心がないものだろ?そんな心のないものにお前は命を預けちゃうのか。こんなくだらないものに命を預けるなんて、お前はそこまで馬鹿じゃないよな」

この言葉でまだ自分は死ねないと思ったそうです。

父親の言葉で復帰を決意した石井竜也は、その後コンサートを精力的に行うようになりました。

必死に活動したおかげで10億円もの借金をなんと2004年、つまりわずか8年で完済してしまいました。

人は本気になると何でもできてしまうのですね。

そして米米CLUB再結成!

その後2005年にCharの50歳のバースデーパーティーで米米CLUBは再度集まって演奏する機会があり、それからの動きは早かったようです。ついに2006年に再結成することになりました。

一度大ブレイクし、その後解散、石井竜也は借金地獄に落ちるも再復帰し、また昔のメンバーが集まって再結成する・・・まるで映画の世界ですね。

現在はどういった活動をしているのでしょうか。

現在の石井竜也は?

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現在の石井竜也ですが、再結成後の米米CLUBとしては2012年には全国ツアーを実施するなど精力的にライブ活動を行っています。

また、個人としても2015年の10月に石井竜也名義で30周年記念に日本武道館でライブを行ったそうです。

米米CLUBの楽曲も披露していて、もう昔のメンバーも大人になったのか文句を言わないようですね。

とにかくあの地獄からここまで復帰して、個人としても充実しており振り返ってみれば良い人生だったと思えればよいのかもしれませんね。

今回は石井竜也の借金問題についてまとめさせていただきました。

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